「このやろ〜バカにしやがって!」と思っていることでしょう
けれど、そんなことはありません。
ただ・・面白おかしく伝えようとしている事は確かですが・・
(* ̄∇ ̄*)・・あっ・・ここは真面目にお話ししますよ
DV夫から逃げ
最終的に私が思ったこと・・気が付いたことをまとめます
私はやっぱり、あんなバカ旦那・・DV夫でも必要としていました
それが愛なのか依存なのかは今でもまだわかりません・・
しかし、私は逃げた
それは愛する人に殴られ
耐えられなくなった
私はただ、夜
朝になれば「おはよう」
そしてたまに二人
それは一方的にDV夫から話を聞かされるのではなく
私が話す話しにも耳を傾けてほしかった
子供の成長の話でも「すごいね!うれしいね!」それだけ
話せればよかった。
それが出来なかったから逃げたのです。
私の場合、【寄り添って寝る】事さえも新婚当初
新婚初日「一緒に寝ようよ」という私の言葉に「ふっざっけんっなよ〜
新居へ移動という事で私は布団を購入・・
その商品は同居から2〜3日後に到着ということで初日に
布団が届くのが数日後だから布団がないので「一緒に寝たい」と話したにもかかわらず拒絶され、主人のベットの隅っこで小さくなって
眠り
もちろんDV夫も私に背を向け寝ました
翌日、あまりの拒絶に私も耐えられずベットマットのないところで
毛布に包まって寝ました
私のささやかな願いが打ち砕かれた瞬間でした
翌朝、私は朝の日の光で目覚めるのが大好きなのでDV夫を起こす時
“キラキラな太陽の光いっぱいにして起こしてあげよう”
カーテンを開けた
その瞬間・・・
「てめぇ〜このやろ〜ふざけんじゃねーよ」(・・)??
すごくドスの聞いた声で脅され心底驚きました・・・・
この日からDV夫の部屋のカーテンを私が開ける事はなくなりました
DV夫に私から子供の話をしてもまったく聞いてくれることもなく
妊娠中、おなかをさするなどという行為もまったくありませんでした
子供が生まれてから「こんな事が出来たんだよ!」と子供の話しをしても
返事ひとつせず無視・・
子供が大きくなり自分から話しが出来るようになっても話を聞いてくれるのはごくたまに・・よくて半年に1度でした
かと思えば自分がどれだけ会社で褒められたか、大変だったか・・
そういう話は何が何でも聞かせようとする。
私がカラ返事などしようものなら「てめ〜話し聞いてんのか
という具合でした
そう・・DV夫は私を愛してなかった
DV夫にとって家族はブランドであり、DV夫が「俺は家族養えるくらいの度量のある男なんだ」と表現するためのアイテムのひとつに
過ぎなかった
それに私が気づいて私は自立しようと決心した。
このリーダーについていっても自分が幸せになれない事に
気が付いたから
勇気を振り絞って自分がリーダーになる決心をしたのです
それは今まで【操り人形】として育った私にとって大きな決断でした
そして現在、まだ始まったばかり・・・
この先、困難もあるかもしれません
しかし、奴隷だった以前にくらべれば今は天国です
もし、あのままDV夫のところに留まっていたらきっと私は犯罪者になっていたでしょう・・
そして・・・今こうしてブログを書くことで自分自身をみつめ直しています
そこでわかった私の性格は・・
完ぺき主義者なのか・・人に拒絶される事にとても苦痛を感じる。
いつも自問自答して行動しているので【最善】なハズなのに・・
と考え、批判・拒絶されるとストレスが発生
さらに、自分が拒絶する事も困難な性格で「イヤ」がいえない。
それはDVシェルターに入りいろいろな人と関わる事でわかりました
30年以上生きてきたのに気が付いたのは今でした(∩。∩;)ゞ
これはきっと、両親の虐待により【されたら嫌な事】さえも
伝える事を妨害されたせいなのでしょう・・・
今やっとそれに気がつき本当の大人へと成長しようと
脱皮したところです(^ー^* )
まだまだチョウチョ
ひと皮向けて少し大人になれた気がしてます
ブログなんて面倒なことをなぜみんながするのか??
とっても不思議でした・・
でも、自分が始めてみて良くわかりました
現実ではDV夫に話をしても聞いてもらえる事がまったくなく
私はいつもDV夫から流れる雑音を強制的に聞かされていた
でも、今ブログという形で私の話しを聞いてくれる人がいる。
子供の話しにも耳を傾け言葉を返してくれる人がいる
近くにいても私を傷つけるだけの人より
遠くにいても優しい言葉をかけてくれるひとがいる
人はやっぱり受けるだけより受け止めてもらう事を望んでいるんだと思う
私は自分がされて嫌な事は人にしたくない。
これは子供に毎日教えている言葉でもある
私はこれからも人の想いを受け止めてあげられる人間でありたい
そして、これからはイヤな事は嫌だといえるように努力していきたい
クリックお願いします



